「配偶者のための居住権」の必要性を感じた事例


平成30年7月6日、約40年ぶりに相続分野に関する民法を改正する法案が成立しました。

 

新聞で報じられているのは、主に、配偶者が自宅に住み続けるための居住権ですが、

読者の皆さまの多くは、「そんなもの必要ある?」「母親を実家から追い出すなんて?」と

お感じなのではないでしょうか。

 

そこで、筆者が経験した、「居住権があれば解決したのに」と心から感じた事例をお伝えします。

 

 

 

港区 薬園坂

 

 

1.一流メーカー元取締役ご夫婦からの相談

10年ほど前のこと、某保険会社のプランナーの方のご紹介で、港区南麻布の豪邸にお住いの

老夫婦のお宅に同行させていただきました。

 

ご主人(84歳)は、日本を代表する電機メーカーに創業間もないころからお勤めだった技術者で、

さいごには技術部門の取締役まで務めた方でした。

生活するには十分な給与と退職金、さらに自社株式の売却益などがあり、

奥様は、お子様が大学を卒業してからは一度もお金の心配をしたことがなかったそうです。

 

ところが、ご主人が70歳を過ぎた頃にご自宅で倒れ、それ以降介護が必要になったとのこと。

施設に預ければ奥様にも負担はないのですが、ご主人がどうしても自宅にいることを希望され、

ヘルパーさんを雇い自宅での24時間介護をスタートされたそうです。

 

介護保険が適用できるのはごく僅かであるため、月々150万円ほどの費用がかかり、

それが15年近く続いたとのこと。

まったく心配のなかったはずの預金がどんどん減ってゆきますが、

奥様は、ご主人が稼いだお金だからと、ギリギリまで自宅での介護を決意していました。

 

しかし、このままでは、あと1年くらいしかお金が持たないというタイミングとなり、

以前からお付き合いのあったプランナーの方に相談をされたというのが本件の経緯でした。

(後で知ったことですが、プランナーの方もこの某電機メーカーのご出身でした。

 お客様の年齢のこともあり、一切、生命保険の話をしてこなかったそうです。)

 

そして、私もこのご相談のお手伝いをさせていただくことになったわけですが、

それはそれは難易度の高いものでした。

 

南麻布の住宅街

 

 

2.何もないところからお金は生まれない

 

ご相談いただいた時点で、そろそろお金が足りなくなりそうという状況なのですが、

ほぼ唯一の資産となった自宅を売るわけにいかず、貸すこともできず、

私は、不動産担保ローンや、リバースモーゲージといった、

ありきたりな案しか思いつきませんでした。

(自宅担保の借入は、当然ご本人との契約が必要ですが、NGでした。)

 

結局、アドバイスできたのは

ご自宅の庭木の手入れを、いままで頼んでいた一流の植木屋さんから、

シルバー人材センターに変えて、出費を減らすなど、些細な対処療法くらい。

無力感でいっぱいでした。

 

何もないところから収益を生むには、働いて稼ぐしかないのです。

 

 

なんとか抜本的な解決ができないものかと考えているさなか、

奥様の苦労を察したかのように、ご主人が息を引き取りました。

 

 

 

3.自宅をめぐる遺産分割トラブル

 

ご主人は、「すべての財産を奥様に残す」という遺言を残していました。

 

残された財産はほぼ自宅だけですから、

奥様は、2人の子供が当然理解してくれ揉める要素はないものと思っていました。

 

ところが、ご主人が倒れて以来、実家に寄り付かなくなっていた長女と二女は、

「父が稼いだお金をすべて母が使ってしまった。」

「母が自分の口座にお金を隠しているのではないか。」という疑いとともに、

遺留分減殺請求を行うとの連絡を、弁護士を通じてよこしたのです。

 

おそらく、それぞれの配偶者の意向があったのではないかと思います。

 

担当のプランナーの方は、怒りに震えていましたが、

相続に関する民法の規定とはこういうものなのです。

 

 

 

 

4.自宅を守るための生命保険

 

遺留分減殺請求の通知を受けた奥様は、

「よく、がんばったわよね。」とご自身に言い聞かせるように一言だけおっしゃって、

ご自宅を手放すことをすぐに決断されました。

 

3か月ほどかけ売却のお手伝いをさせていただきましたが、

超一等地のご自宅ですから、たいへん良い金額で買手が無事にみつかり、

不本意ながらも、ひと段落となりました。

 

そして、遺産分割です。

 

子供1人の遺留分は8分の1でしたが、

なんと奥様は、売却後の手取額を子供たちと3人で3分の1ずつに分け、

ご自身は元のご自宅の近くの小さなマンションに引っ越されました。

 

 

この事例では、自宅は、いずれ子供たちに相続されたはずれすから、

何とか奥様には最後までご自宅で暮らしていただきたかったと思いますし、

「居住権」という制度があれば良かったのにと、心から思った出来事でした。

 

そして、もう一つ、

ご主人がもう少し若いときから生命保険に加入していてくれれば

何とかなったのではないか、というお思いも残りました。

 

理論上、ご主人が、ご自宅の時価の1/4の保険金額を奥様に残されていれば、

仮に遺留分減殺請求を受けても、自宅は残せることになります。

 

居住権が認められるようになった後でも、

安心して自分の家に住みたいという奥様がいらっしゃれば、

このような生命保険も有効かもしれません。

 

 

担当  株式会社FAST財産研究所  佐藤 伸吾